女の隙間、男の作為

「大丈夫。俺は無理矢理ちゅーとかしないから」

「キスなんてされてない」

「へぇ。俺に嘘吐いてくれるんだ。ありがたいね」

抱き締める力が強くなるのに息苦しさは感じなかった。
むしろ強張っていた身体から力が抜けていくようだ。

見え透いた嘘を吐いたのは、彼を喜ばせるためではなかったはずなのに。
嘘ってやつは用途が有り過ぎて厄介だ。

「…社内恋愛なんてコウくんで懲りてる」

「うわ。カノの口からその名前聞くの何年ぶりだっけ」

“松岡にちゅーされたよりショックでかいかも”

「うるさいよ」

「まだすきなの?」

「なわけない」

「じゃあ俺のことは?」

「すきじゃない」

「まぁそうだろうな」

すきじゃない?

好きか嫌いかの二択なら前者だけれどそこに恋愛感情があるかなんてわからない。
でもそれならどうして松岡に迫られたあの瞬間にこの男の顔が浮かぶのだろう。

コンビニの灯りがまだ届く範囲の路上で。
こんな風に抱き合って。
あたしは何を血迷っているのか。
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