女の隙間、男の作為

「その陰気なオーラを今すぐ収納しなさい」

「瑞帆ちゃん…わたしにはもう収納する空きスペースがありませんー！」

金曜日の夜。
久しぶりに瑞帆と二人で馴染みのスペインバルに来ていた。

瑞帆が結婚してからはなかなかこうして二人で仕事帰りに食事をする機会も減っていたけれど、今日は珍しく瑞帆から召集されたのだ。
（拓海くんは上海に出張に行っているらしい）

あたしが提案した物流費改善案は本格的に実現に向けて結城が動き出したところだった。
別にあたしの名前は出さなくていいと言ったのに、ご丁寧にアイツが部長に“カノのアイデアです”と言ってくれたおかげで次の査定はまずまずの結果になりそうだ。
（次のボーナスで何買おうかな）

そのおかげで乙仲との調整に日々終われる羽目になったけれど仕方ない。
あたしの大好きな利益のためですもの。

しかしながら、そうはいってもこの頃の岡野麻依子は確実に調子を崩していることも事実だ。

あれから松岡とは宣言通り業務上以外の絡みは一切避けているおかげで微妙なギスギス感は漂うし、部長直々に頼まれた社内監査の資料作りもいつものスピードでこなせなかった。
御子柴の見積の数字を間違えたり、水野くんの伝票に結城の判子を押したりと結果は散々。

『もう見てられない。
今夜、久々に行くよ』

瑞帆にそう言われても当然の有様だったというわけだ。

大好物の海老のオイル煮にフランスパンを浸して口に放り込みながら、ホワイトサングリアをがぶ飲みする。

いつもならこの二つが揃うだけで幸せ幸せ幸せー！となるはずなのに今夜はそうもいかない。
無意識のうちについつい鬱蒼とした息を吐きそうになってしまう。

瑞帆には鬱陶しいと切り捨てられ“時間が勿体無いからさっさと吐け”と凄まれて、近日中の珍事を洗い浚い吐く羽目になった。
美人に睨まれたら逃げられないし。

定時後だっていうのに瑞帆のパッチリ二重の瞳はパンダ目になることなく、睫毛はカールをキープして、ブラウンのアイラインにも一寸の乱れもなかった。
いったいどこのメーカーを使っているのか後で聞いておこう。
（それを聞いたところで実際に買いにいくかは別問題だけれど）

「ははぁ…なるほどね。そこまで事態は進んでいたか」

まるで取り調べ中の刑事だ。
スペインバルなのに数分後にはカツ丼が出てくるんじゃなかろうかとすら思えてくる。

「なんであたしがこんな視聴率の取れなさそうな安ドラマみたいな展開に巻き込まれなくちゃいけなんだ…」

「巻き込まれてるっていうよりあんたがヒロインだから。
ありきたりすぎて寒気がする三角関係のヒロイン」

なんでそんなダメ押しをするの？
いったいアナタは誰の味方なのかしら、親友よ。