女の隙間、男の作為
親友のおめでたを喜べないほど性格は歪んでいないし荒んでもいない。
あれから瑞帆に“もういいから”と窘めるほどおめでとうと何度も言い続けたし(それは単純にワインの所為だと思うけれども)、その言葉に一縷の嘘もない。
それでもあたしはどこかで寂しいと思っているのだ。
自ら望んでひとりきりの人生を謳歌しているくせに、親友に家族が増えることを羨んでいる。
あと半年後にはオフィスから瑞帆がいなくなってしまう。
その事実は圧倒的な破壊力をもってあたしに襲い掛かってきている。
『その伝票寄越しな。やっておいてあげるから』
あたしが何も言わなくても背中を見ただけで“いっぱいいっぱい”になっていることを見抜き、あたしが手伝ってとヘルプを求めるよりも先にフォローしてくれる。
いつか松岡が“たまには誰かに頼れば”と言っていたけれど、あたしが頼る相手はいつだって瑞帆だったのに。
その瑞帆が全うな理由で一時期とはいえ会社から去るのだ。
結城のむちゃぶりの仕事と御子柴の尻拭いと水野くんのフォローと部長の補佐をたったひとりで乗り切れるのかと今更の不安が押し寄せてくる。
プラダの中のiPhoneが再び震えたのは、そんな自分勝手な干渉に浸っているときだった。
ディスプレイに表示された名前を確認して、戸惑ったのは一瞬だけだった。
親指をスライドさせてその着信に応じる。
「もしもーし」
「カノー」
「なにー」
相手の背後では騒がしいノイズが聞こえる。
大量生産されている人口甘味料みたいな女の子の声と色気もなにもない年輩の男達のダミ声。
「カノちゃん、今どこでなにしてんの?」
「カノちゃんは瑞帆ちゃんと別れたところで、今からお家に帰るかいい男の拾い食いでもしようか迷ってるところ」
“あんたは?横にいるその女の子とはどこのホテルにいくつもり?”
通話の相手は言うまでもなく、数分前まで話題の中心にいた男。
瑞帆はああ言っていたけれど、結局この男の傍にはあたしより若くて可愛い女が常に寄り添っているのだ。
「見ず知らずの男の拾い食いは危険だから、腹が空いてるならメーカー保証つきの結城くんにしたほうが安心だ」
“それならこの子とホテルにいく必要はなくなるし”
「メーカー保証なんて嘘ばっかりじゃん。何がどう安心なのよ」
「詳しく説明するから、二人で飲みなおそうぜ」
これはいつもの営業トークだ。
4年前から変わらないあたし達の日常。
“あたしはカノに女としてもちゃんと幸せになって欲しいと思ってるよ”
“無事に第一子を授かりました”
瑞帆の声がぐるぐると頭を回っていく。
サングリアとワインだけで酔っ払ったのだろうか。