女の隙間、男の作為

「結城ぃー」

「なに、どした?」

“そういえばなんか声が元気ないけど、瑞帆ちゃんとそんなに飲んだの?”

「カノちゃんは今、猛烈に寂しいのであんたの優しさと下心を思い切り利用しようかと思ってるけどどう思う?」

「いまどこ?とりあえずすぐに迎えにいく」

電話の向こう側からは“えー結城さん、帰っちゃうんですかぁ~”と糖度90%の声が聞こえてきて思わずクスリと笑いが漏れる。
ちゃんとこれは現実なんだなと認識できるのなら、見ず知らずのその砂糖菓子の女の子に感謝をすべきなのかもしれない。

「なんかその子に悪いから、“終わってから”でもいいよ」

「俺がカノを待たせると思う?」

“エリちゃん、ごめんね。今度俺の連れのイケメンと飲み会設定してあげるからさ”

結城の営業用の声が聞こえてきてさらに笑う。
あたし達はなんてデリカシーのないことをしているのだろう。

結城に夢中の若い女の子をないがしろにして、それを二人で笑って。
とても他人には言えないような不実なことをしようとしている。

結城に指定されたカフェに入って、アイスカプチーノを飲んでいる間もずっと迷っていた。
このまま逃げ出して家に帰るのが正しい選択肢だとわかりながらも。
そして何度もそれを選び直そうと思いながらも。
結局あたしはそれを行動に移そうとした1秒前にその左手を相手に掴まれてしまったのだ。

少しだけ息を切らせて。
見覚えのあるネクタイを緩めて、Yシャツの袖を捲り上げて、背広と鞄を抱えた男を下から見上げて、なぜだかあたしは泣きそうになってしまった。

「走ってきたの?」

「カノの気が変わったら嫌だと思って」

「そうだね。今まさに帰ろうと思ってたところ」

「だろうと思った」

それでも結城は笑っているし、あたしも同じだった。
二人掛かりで何かを笑って誤魔化そうとしている。

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