女の隙間、男の作為
「では圭史の特別なお客様、本日はいかがいたしましょうか?」
「嫌な聞き方だなぁ。じゃあ今回も同じものを」
「俺もいつものね」
ということは結城はいつものジンフィズだろう。
ノブと呼ばれているバーテンの彼は驚くほど優雅な動きで二つのグラスを満たし、容姿とは裏腹にとても丁寧に二人の前にそれを差し出してくれた。
あくまで予想でしかないけれど、この男も影では山ほどの女を泣かせているのだろう。
(だって結城が親しい男だもの)
まるでそれがお決まりのように二つのグラスを合わせて控えめな音を響かせる。
「それで?」
少しだけ長めの黒髪の奥に男にしては大きい二つの瞳があって、それが寄り道をすることなくあたしを見据えている。
その手には愛煙家らしく早くも1本目のマイルドセブン。
口に咥えて火を点けるその一連の仕草すら、いちいち女の目を奪っていく。
“カノちゃんは何がどうなって寂しくなっちゃったわけ”
場をシリアスにし過ぎないのが結城なりの気遣いであり優しさだ。
ちゃんとわかっている。
たぶん、あたしは結城という男を知り過ぎているし、それは逆も然りなのだろう。
「コウくんが会社を辞めた時さ、あたしって一度でも会社辞めたいなんて言ったことあった?」
「ないな。少なくとも俺は聞いてない」
そうだ。
あたしは最愛の男が自分を捨てて(しかも黙って)会社を辞めた時ですら、自分の退職は考えなかった。
もちろんこの6年の社会人生のうちで“あぁもう辞めちゃいたい”と愚痴を溢したことならそれこそ星の数でも足りないくらいだけれど、実際に“辞めよう”としたことは一度もない。
仕事が好きかと問われたら間違いなく答えはNoだし、死ぬまで続けたいかと問われても同じだ。
それでもあたしはたぶんこれからもフレックスを乱用して、定年までこの会社に勤めるだろう。
「たぶん口惜しかったからだね。捨てられたうえにその上さらに仕事まで辞めるなんてこの上なく格好悪いし」
「カノらしいな」
「でも、さっき、ものすごく久々に続けていくのが不安だと思ったのですよ」
「御子柴の売上少ないから?」
「まぁそれもあるね」
同じでタイミングで二人で笑う。
御子柴には悪いけれど、奴の名前はこうして場を和ませるのに役立つ。