女の隙間、男の作為
「コレ、まだオフレコだからね」
“わかった”というシンプルな答えは長年の付き合いで信用に足るとわかっている。
「瑞帆がね、秋には産休に入っちゃうの」
「マジか。瑞帆ちゃんもついに子どもができたかぁ」
“よかったな。瑞帆ちゃんも欲しがってたんだろ?”
「うん。あたしもものすごく嬉しかったんだけど…」
「けど、産休に入って居なくなっちゃうのが寂しい?」
まるで愚図った赤ん坊に聞かせるような声音だと思った。
あまりにも優しくてあまりにも穏やかで、耳を覆いたくなるほどの代物。
こんな声で言われたら、その後の懺悔を既に許されているようなものだ。
そして反則なまでに優しいその表情。
中性的な容姿のくせに、でも絶対的な雄の要素がそこにある。
「ちゃんと嬉しいしちゃんとおめでとうって言えたし、それは嘘じゃないんだけど…
でも、あぁ業務負荷がまた増えるなぁとかストレス溜まったら誰に愚痴ればいいのかなぁとか、そんなこといっぱい考えちゃうし」
「うん」
「瑞帆がオフィスに居なくなるなんて寂しすぎる」
“辞めたくなるかもしれない”
自分の背後の席が空になるのを想像したところで、溜め息と一緒に我慢していた水分が溢れた。
それを自覚して瞬時に硬いカウンターに額をくっつける。
同じタイミングで感じる後頭部への温み。
「カノって瑞帆ちゃんのためならこんな簡単に泣くんだな」
呆れているような。
あるいは満ち足りたような。
そんな声にさらに一滴余計な水分が零れる。
瑞帆のため?
――違う。これは自分のためだ。
人は誰かのためになんて泣かないものだと何かの小説で読んだことがある。
誰かや何かを失った自分が可哀想で泣くのだ、と。
誰の小説だっけ?
あぁそうだ。自分と同年代の女流作家だ。
あたしは瑞帆が去った後の自分のために泣いているに違いない。