女の隙間、男の作為
「それで俺に甘えてくれるなら、来週、瑞帆ちゃんに何か御礼をしないとな」
「出産祝いに売上の3%くらいあげたら?」
「それ、余裕で一軒家が建つ数字だろ」
笑いながら紫煙を吐き出す男はあたしがよく知る男だ。
彼の売上の金額も利益率も、PCのパスワードも、社内メール文の癖も、蔑ろにする電話の相手も全部あたしが把握している男。
数少ない知らない部分。
今、引き返さなければそれも全部知ることになるのだ。
あの時、電話を鳴らしたのが結城じゃなかったとしたら、あたしは同じことをするのだろうか。
その答えを探したところで、余計な言い訳が増えるだけだと気づく。
変わるはずのない日常が滅茶苦茶になった原因のひとつである男に全てをぶつけたところで、事態は複雑になるだけなのはわかっている。
それでも、あたしは。
バカなことをしてでも、自分の中にある大きな隙間を埋めてしまいたい。
女には男でしか埋められない隙間が間違いなく存在する。
「…念のために言っておくけど、あたしはあんたのこと好きじゃないよ」
たぶん。
他の女の子(直近で言えば甘ったるい声のエリちゃん)が想うようには。
「わかってるよ」
“カノは何も心配しなくていいから”
いつもなら頭をガシガシと撫でるその大きな手が、眦(まなじり)に溜まった黒い水滴を拭う。
それをいつものように振り払えなかったのが最後の躊躇いを捨てた証拠だ。
「わかった。エリちゃんにするはずだったことをそのままあたしにしてくれていいよ」
特別扱いは欲しくない。
iPhoneの普及台数と同じくらい存在する女の子と同じ扱いでいい。
「…それはどうかな」
結城の左手が持っていたマイルドセブンがクリスタルの灰皿に押し付けられるのがやけにスローモーションに映った。
いまさら、後には退けない。