女の隙間、男の作為
埋められたその隙間は反則技の行為が終わった後も元には戻りそうもなかった。
“シャワー浴びたい?
服なら俺のテキトウに貸すし、バスルームにたいてい揃ってるから何でも好きに使っていいよ”
呼吸も気持ちも治まった後は、あたしが気まずさや後悔を覚えるより先にさらなる余裕と優しさで包み込まれる。
この男にとってはこんな事態はまさに日常茶飯事なのだろう。
マイルドセブンをさも美味しそうに燻らせながら、剥き出しのあたしの肩にシャツをかけてくれた。
「あぁ、うん」
このまま自分の部屋に帰るのが正解だとわかりながらも、それができないであろうこともどこかでわかっていた。
たぶん、シャワーを浴びたらまた同じものが欲しくなるのだろう。
「心配しなくても一緒に入ろうとか言わないから、ゆっくりしてきな」
額に感じる唇は怖いくらいにいつもと同じだ。
内側も外側も満たされたような錯覚をしてしまいそうになる。
重力が消えてしまったみたいに上手く歩けない。
酔っ払っているのだろうか。
酒にではなく、彼のもたらした全ての感覚に。
“たいていのものは一式揃っている”
その言葉の意味がいまいちわかっていなかったけれど、バスルームの洗面台の棚を見て思わず笑ってしまった。
クレンジング、洗顔フォーム、リムーバー、化粧水、乳液、美容液まで、それぞれメーカーはバラバラだけどまさに“一式”が揃っていた。
どれを誰が置いていったものかなんて、きっと結城だってわかっていないしそもそも覚える気もないのだろう。
事実、悪びれもせず他の女(今夜の場合はあたし)に“どれでも好きに使っていい”と言い切れるほど、女たちにも彼女達の名残にもわずかばかりの執着もない。
「それでは、遠慮なく」
そしてそれは躊躇いもなくそれに手を伸ばせるあたし自身も同じだ。
いったいどんな女の子が1本1万円以上もする美容液を置き去りにしたのか、コンビニで間に合わせに買ったクレンジングは誰のものなのかなんて一切気にならなかった。
ドロドロになったファンデーションをオイルで落としながら、自分の汚れも落ちてくれればいいのにと甘ったれたことを思う。
黒いマスカラのついでにどす黒い心も排水溝に流れてしまえばいい。
熱いシャワーを浴びながら、自分の肌にひとつの痕も残っていないことに気づいてまたひとりで笑ってしまった。
結城圭史という男はその言葉に偽りなく、岡野麻依子という女を知り尽くしていたのだ。
あんなに全身に唇を這わせていたのに、ただひとつの痕も残さない。
それは逆に結城の意志の強さを思わせた。
“カノがどうして欲しいか、何を嫌がるかなんてお見通し”
何も残されていないのにそんな声が聞こえてきそうな気がした。