女の隙間、男の作為

「風邪ひくから髪乾かせよ」

“ドライヤーの場所わかんなかった?”

「めんどくさいんだもん」

ハァと呆れたような溜め息と同時に、奴の膝からどかされたパソコンは散らかったテーブルの上に無造作に置かれる。
バスルームに消えていく裸の背中を目で追いながら、“そういうあんたも服を着なさいよ”とあくまで腹の内だけで小言を返した。

「めんどくさい日程表はすぐに作ってくれるのに、10分のドライヤーをめんどくさがる意味がわからん」

ブォーっと派手な音が耳元でしたかと思えば乱暴な熱と優しい指の感触が襲ってくる。

えー?なにー?

聞こえているくせにすっ呆けてみれば、案の定、髪はぐちゃぐちゃにされたけれど、それ以上の反撃はしない。

「俺と同じシャンプーの匂いがする」

当たり前の事実を至上の贅沢のように讃える声が間近でしたかと思えば、発生源が耳元に貼りついていた。

“マズイ。また勃ったかも”

耳の裏を舌で撫でられて背後から抱きすくめられる。
仕事の話とセックスが10分交代で巡ってきているみたいでなんだか可笑しい。

「ダーメ。あんた、シャワー浴びてきてないじゃん」

「どうせまた汗かくことになりそうなんですけど」

「日程表の続きは?」

「後でー」

下着をつけていない胸元はこれ以上ないほどに無防備で、これ以上ないほど結城の意志に従順だ。

「ビール、飲み切ってないから、あんたはその間にシャワー浴びてきなさいよ」

「その間に寝たりしないよな?」

「デリケートなカノちゃんが10分足らずで寝るわけないでしょ」

“5分で戻るから”

言うが早くバスルームへ消える男。
何をそんなに焦る必要があるのかと、笑いがこみ上げる。

でも1分1秒を惜しんでもらえるのは、自分が上等な女になった気分がして悪くないと思った。

温くなり始めたビールを一気に喉に流し込んで、中途半端なエクセルのファイルに少しだけ手を加えてCtrl+sキーを押しておく。
我ながら優秀なアシスタントだと思う。

“自分だって、髪、乾かしてないじゃない”

濡れたままの結城の長めの黒い髪からはポタポタと水滴が流れ落ち、当然のことながらあたしと同じ匂いが漂っている。

「だって、めんどくさいんだもん」

わざとあたしと同じ言葉を返されたことに二人で笑い、そのまま笑いながらキスをした。
相変わらず仕事上の好意以上の気持ちは沸いて来ないけれど、誰かとこんな風に交わすキスははじめてで心地良さすら覚える。
たぶんこれからやらしいことをするはずなのに、何だろう、この穏やかさは。
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