シンデレラに玻璃の星冠をⅡ
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ああ、今思えば――


どうして芹霞の気配だけしか感じ取れていなかったのか。

どうして他の気配を感じ取れなかったのか。



それは…屋敷の篝火から遠ざかったが故に、群がり始めた"生ける屍"のことではなく。


乱れ飛ぶ黄色い蝶のこともなく。


ああ、それらが反発するように遠ざかっているのを見ただけでも、予想はつけるというのに。


俺はそれら全ての存在を視界から排除して、ただ芹霞だけを見ていたんだ。


その時の芹霞は、泣いていて。


だから俺は…芹霞を抱きしめようと…


「芹…霞…」


間違いなく、本物の芹霞を抱きしめようと…。



芹霞が顔を上げて、俺を見ると怪訝な顔をした。


泣きじゃくった顔のまま、動きを止めていて。



俺が判らないのか?


まだ思い出さないのか?



「俺だ…」


俺は…泣きそうになりながら言ったんだ。



「紫堂…櫂…だ」


思った以上に声は響き、芹霞はじっと俺を見て。

何度か瞬きをして、目を擦って。


そしてまたじっと俺を見て。


愛して止まない、その綺麗な黒い瞳を俺に向けた。



そして――


笑ったんだ。

綺麗に微笑んだんだ。


手を伸して近付いてくる。



「良かった…」



ああ、思い出したのか!!?


歓喜に心臓が高鳴る俺は、微笑み返しながら芹霞に近寄る。



芹霞!!!

俺の芹霞だ!!!



戻った!!!




だけど…



「無事だったんだね、久涅」




え?




芹霞は俺を擦抜けると


俺の後方で動きを止めたんだ。



「ははははははは!!!」



途端、虫酸が走るような笑い声が響く。


ああ、この笑い声。


間違いない。



久涅――か。


久涅が…居たのか。


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