シンデレラに玻璃の星冠をⅡ
・幻影
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目の前の――
久涅そっくりの漆黒色の瞳をした男は、静かに涙を零していた。
静かに――はらはらと。
直前まで、玲くんを苦しめた非情な奴だという認識を持っていたあたしは、その突然過ぎる涙と、傷ついたようなその顔に、言葉を無くしてしまった。
玲くんもあたしの前で泣くことはあるけれど、この…紫堂櫂という男の涙は、やけに心に訴えるものがあって。
胸が締め付けられた。
憂いの含んだ切れ長の目。
何処までも綺麗に整った端正な顔。
漆黒色に染まった髪と瞳。
どこにも可愛い要素はなく、むしろ久涅のような近寄りがたい美貌を持つというのに、どうしたか…近付かないといけないような、言うなれば…母性本能というものを刺激されるようだった。
だけどあたしの心が、彼に近付くなと言っている。
――…は存在していなかった。
突如聞こえる玲くんの声が、あたしに…妙な不安感を抱かせるんだ。
彼は言った。
自分は凜だと。
凜ちゃんと同じ位置に巻いている手首の布。
そして血色の薔薇の痣。
それは何処までも、あたしが記憶する凜ちゃんの"印"と酷似しているけれど、だけど…あたしに見知った者に変化する"偽者"の件もあるから、あたしは彼の言葉を鵜呑みにすることは出来なかった。
大体、信じられるわけがない。
凜ちゃんはあんなに美少女で、男の要素なんて何もなく。
第一、喋れない。
それに、凜ちゃんが男だというのなら、久遠と玲くんが…同性同士で取り合っているというわけ?
恋愛経験0のあたしなら判るけれど、恋愛経験豊富の彼らが、凜ちゃんの性別なんて間違えるはずはない。
そう思えばこそ、彼の言葉に信憑性が持てなかったんだ。
彼は、久涅の義弟の紫堂櫂と名乗るけれど…もしかすると偽者がほざいているだけかもしれない。
だけど"直前の"真偽を見極めた久涅が、義弟だと受容しているようであれば…少なくとも、久涅という存在によって…目の前の男が、紫堂櫂だということは証明されたんだろう。
それなら、それでいいじゃないか。
しかし、彼は妙にあたしに拘っていて。
あたしと知り合い…以上の関係だというように、距離を詰めようとしてきた。
気味が悪い。
あたしは紫堂櫂のことなんて何も知らないのに。
まるであたしの記憶こそが間違いだとでもいうように…詰るような訴えるような…そして切ない顔をしてきて。
そして遂には――
泣いてしまったんだ。
こんなに大人びた…少年と言うよりは青年に近い、氷のように整った顔をしている男が。
彼を泣かせたという事実に、あたしは…罪悪感を感じた。
見知らぬ男なれど…
何よりあたしが、彼を泣かしたことが、居たたまれぬ心地になったんだ。
目の前の――
久涅そっくりの漆黒色の瞳をした男は、静かに涙を零していた。
静かに――はらはらと。
直前まで、玲くんを苦しめた非情な奴だという認識を持っていたあたしは、その突然過ぎる涙と、傷ついたようなその顔に、言葉を無くしてしまった。
玲くんもあたしの前で泣くことはあるけれど、この…紫堂櫂という男の涙は、やけに心に訴えるものがあって。
胸が締め付けられた。
憂いの含んだ切れ長の目。
何処までも綺麗に整った端正な顔。
漆黒色に染まった髪と瞳。
どこにも可愛い要素はなく、むしろ久涅のような近寄りがたい美貌を持つというのに、どうしたか…近付かないといけないような、言うなれば…母性本能というものを刺激されるようだった。
だけどあたしの心が、彼に近付くなと言っている。
――…は存在していなかった。
突如聞こえる玲くんの声が、あたしに…妙な不安感を抱かせるんだ。
彼は言った。
自分は凜だと。
凜ちゃんと同じ位置に巻いている手首の布。
そして血色の薔薇の痣。
それは何処までも、あたしが記憶する凜ちゃんの"印"と酷似しているけれど、だけど…あたしに見知った者に変化する"偽者"の件もあるから、あたしは彼の言葉を鵜呑みにすることは出来なかった。
大体、信じられるわけがない。
凜ちゃんはあんなに美少女で、男の要素なんて何もなく。
第一、喋れない。
それに、凜ちゃんが男だというのなら、久遠と玲くんが…同性同士で取り合っているというわけ?
恋愛経験0のあたしなら判るけれど、恋愛経験豊富の彼らが、凜ちゃんの性別なんて間違えるはずはない。
そう思えばこそ、彼の言葉に信憑性が持てなかったんだ。
彼は、久涅の義弟の紫堂櫂と名乗るけれど…もしかすると偽者がほざいているだけかもしれない。
だけど"直前の"真偽を見極めた久涅が、義弟だと受容しているようであれば…少なくとも、久涅という存在によって…目の前の男が、紫堂櫂だということは証明されたんだろう。
それなら、それでいいじゃないか。
しかし、彼は妙にあたしに拘っていて。
あたしと知り合い…以上の関係だというように、距離を詰めようとしてきた。
気味が悪い。
あたしは紫堂櫂のことなんて何も知らないのに。
まるであたしの記憶こそが間違いだとでもいうように…詰るような訴えるような…そして切ない顔をしてきて。
そして遂には――
泣いてしまったんだ。
こんなに大人びた…少年と言うよりは青年に近い、氷のように整った顔をしている男が。
彼を泣かせたという事実に、あたしは…罪悪感を感じた。
見知らぬ男なれど…
何よりあたしが、彼を泣かしたことが、居たたまれぬ心地になったんだ。