俺様専務とあたしの関係


専務はあたしに近付き、ギュッと抱きしめる。


少し汗ばんだ体からは、いつもの甘い香りがしてきた。


「でも…。やっぱり、名前で呼ぶには抵抗があります。専務とあたしは、あくまでも上司と部下ですから…」


あたしは、胸に顔を埋めてそう答えた。


すると、専務は小さく吹き出す様に笑ったのだった。


「ムードも何もないな」


「えっ!?」


「上司と部下か…。確かになぁ。でもさ美月、仕事が終わったら、少しは違う目で見れないか?」


「違う…目?」


専務の言葉に、あたしは戸惑うばかりだ。


何が言いたいの…?


さすがに、勘違いをするほど鈍感じゃない。


専務が、あたしに恋愛感情なんてないのは分かる。


分かるのに、何でそんな事を言うのだろう…。


「専務は、あたしとどうしたいんですか?」


ただ、体だけの関係を続けたいから言っているの?


すると、専務はあたしを抱きしめたまま言った。

「本当の美月を知りたいんだ。お前の不器用で、頑固な性格が気になって仕方ない…」


「え?」


およそ褒め言葉とは遠いセリフ。


それなのに、その言葉はあたしに真っすぐ届いてきた。


「美月、呼べよ。オレを名前で」


「専務…?」


ゆっくりと、あたしを離し見つめる目は、真剣そのものだ。


「言えよ。ほら…」


唇を軽く指でつつかれ、あたしの胸はどこまでもドキドキする。


「美月…。言ってくれないのか?」


専務が何で、そこまでこだわるのかは分からない。


だけど、少し甘えた声に、あたしはもう素直にならざる得なかった。


「あ、章人…」


恥ずかしさを押し殺し、あたしはようやくその名を口に出来たのだった。




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