俺様専務とあたしの関係


“今日は早く帰ろう”


19時頃、珍しく章人にそう言われ、車で家へ向かっていた。


「何かある…の?」


業務時間外は敬語禁止令が出ているから、慣れない“タメ口”で会話をしている。


そもそも、“章人”と呼ぶのでさえ違和感たっぷりなのに…。


それでもあたしは、章人の望む事をしたいと思う様になっていた。


マンションへ着くと、ホールには、いかにも営業マン風の愛想のいい男の人が待っていた。


20代半ばくらい?


あたしと、そんなに変わらない歳に見える。


「美月の指紋登録。自分で部屋に入れないと、何かと不便だろ?」


「えっ!?」


得意げに笑顔を浮かべる章人に、あたしは驚きの顔を向けた。


なんてタイミングが悪いのよ。


今夜は、家を出ていく話をするつもりなのに…。


だけど、そんな事を他人がいる前で、言えるわけがない。


仕方なく指紋登録だけをしたのだった。


「よし、これで美月も自由に出入り出来るから」


自然に肩を抱かれると、エレベーターへ乗り込む。


すると、章人は早々に顔を近付け、キスをしようとしたのだった。


「や、やめてください」


思わず顔をそむけたあたしに、章人はムッとした表情を見せた。


「何だよ、今朝は嫌がらなかったじゃないか」


それに答えられないあたしは、黙って顔をそむけるだけ。


だって…、嫌だから。


これ以上、自分の気持ちに気付きたくない。




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