『短編』しあわせの条件
「逃げないでください」
平木くんが耳元で囁いた。
「ちょ、ちょっと離して。こんなところでやめてよ」
振りほどこうとするが、解けない。
平木くんは更に腕に力を入れる。
「やめてったら!」
「やめない。先輩だって本当は離してほしくないはずだよ」
「ふ、ふざけないで」
「図星だ」
「な、なんでよ」
「どもってるから」
「わ、わかった風なこと言わないで!わたしは結婚するの。リゾートホテルを経営している会社の御曹司とね。平木くんのような凡人じゃないの」
そう言ってしまった後、すぐに言いすぎたと後悔した。
平木くんは腕をゆっくり解き、しばらく黙りこくってしまった。
重苦しい沈黙が流れる。
ひどい後悔の念にさいなまれていると。