東京空虚ラバーズ
「何を聴いてるのか、気になって」
ラジオを渡しながら言い訳染みた言葉を告げると、彼女は受け取ったラジオを僕の耳にそっと寄せた。
聞こえてきたのは、歌声、音楽。
ひずんだギターの音と、ゆるやかな声。男性の声だと思われるそれはそこはかとなくだるそうに、しかし心を落ち着かせるような声で音を紡いでいた。
何も言えずに彼女を見つめていると、彼女は無表情のまま口を開いた。
「正義を、歌ってるの」
楽しそうでも悲しそうでもない彼女の声と、世界を憂うような男性の歌声が僕の頭の中で混ざる。
かろうじてお辞儀に見えるようなくらいささやかに頭を下げて彼女が去った後も、僕はしばらくそこに立っていた。
乾いた風のような彼女の言葉と、ラジオから聞こえてきた彼の歌声が頭にこびり付いて離れなかった。
その歌の一節を、僕は今でも覚えている。
『いつだって決めるのは自分さ
だから
ぼくらの正義を探しに行こう』