東京空虚ラバーズ
「……すべてのことがらには、表と裏がある」
静かに、声は響く。
「光が在れば、そこには必ず影が存在するんだよ。……そこにはな、良いも悪いも存在しない。どちらが正しいわけでもない」
こくん、と控えめにアキラが頷くのが分かった。
「正義っていうのはな、アキラちゃん。主観でしかないんだ。ある一方にとってそれが揺るぎない正義であっても、違う立場の者からすると、それはとんでもない悪だったりする」
外から入る西日が店主に射して、その白い髭がキラキラ輝くのを見ていた。
「決めるのは自分だよ。ただな、本当は、正義や悪なんてものは存在しない。すべては同じ。ひとつなんだ。世界は、まあるく出来ているんだよ」
細い瞳が瞬きをする。
「我々は、それに気付くのが遅すぎた。文明こそが正義であると、誰一人疑わなかったんだ。この町を作り上げたのは、凝り固まった正義なんだよ」
だらんと下げられたままのアキラの拳に力がこもる。
「まだ歳若い君達に言えることはひとつだけだ。……アキラちゃん、千景くん」
店主の瞳は深いグレーの、強い色。
「自分を、疑いなさい」