東京空虚ラバーズ



***


相変わらずの曇天だった。

以前職員室から無断で借りた鍵を使って、僕は屋上に入り込んでいた。

柵に凭れて町を見渡す。弱い陽光が照らす町はただいつものように空虚だった。


紙袋を手に持っていた。間抜けな顔が描かれた紙袋を。

最近何度かこの紙袋を被ってヒーローまがいな行為を繰り返していた。どうやら噂になりつつあるらしい。

別に正体を知られてもどうということはなかったが、このことは誰にも話していなかった。自己満足な行為であるから褒められるような気もしない。

一応秘密にしてあるのにどうして僕が今この紙袋を隠さずにいるかというと、ここには僕以外来れるはずもないからだった。

僕が持っている無断借用中の屋上の鍵は、合鍵だった。元々あった鍵は大分前に誰かが盗んだらしい。いや、盗むと言うと聞こえが悪い。借用中なのだ。未だに。
そんなわけで今職員室に屋上の鍵は一つもないはずだった。だから僕が屋上から鍵をかければ、誰も入ってこれない。

はずだったのに。


――ガチャ、

扉が開く音が聞こえた。

驚いて振り返る。扉の向こうから顔を覗かせたのは、長い黒髪の女生徒だった。見覚えがある。

彼女は僕を見て驚いたように目を丸くしたあと、僕が手に持っていた紙袋を見て口元に笑みを浮かべた。


「ああ、君が……噂の紙袋くんか」

ひとりごちるように呟いたあと、彼女は僕に近付いた。


「確か同じクラスの……千景くん、だったよね。ボクはアキラ。よろしく」

同じクラスであるにもかかわらず、彼女の声を聞くのは初めてだった。教室では一切喋らない、彼女の声を。いや、本当は入学式の日に言葉を交わしているのだから初めてではなかったのだが、このときの僕はそんなことはすっかり忘れていた。

頭が混乱していた。正体がばれたことと、何故ここに入って来れたのかということと、彼女がとても綺麗に笑うということが頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合って、僕は何も言えなかった。



それから僕らは屋上で居合わせることが多くなり、やがて友達となったらしい。



***







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