ショコラ~愛することが出来ない女~
「母さん!」
詩子が現れるとその周りの景色が引き立て役に変わる。
顔立ちのよさに加え、その若さと生き生きした動き。
私の無くしたものを持っているこの子を羨ましいと感じることがある。
「どこに連れて行ってくれるの?」
小首をかしげてそう聞く娘に、電車に乗るわよと手招きする。
今日は以前庄司くんが連れてきてくれた鍋の専門店に行こう。
あれ以来ちょくちょく顔を出しているから、店員とも顔見知りになっていてサービスがいい。
それに、今までと違う自分を演出したい気持ちもあった。
詩子には弱いところを見せたくない。
お店の前まで来ると、詩子は怪訝そうに眉を寄せた。
「夏に鍋?」
「大丈夫、店内は冷房効いてるから。夏は胃が疲れてるから温かいもの食べた方がいいの。ここのコラーゲン鍋、おいしいのよ。」
「へえ」
店に入ると顔なじみの店員が案内してくれる。
「妹さんですか? 似てますね」
なんていわれて、詩子は少し不満げだ。
店員は取り繕おうと必死に、賄賂の『揚げナスの煮びたし』まで持ってくる。
これであっさり機嫌を直してしまう辺り、詩子は可愛い。
これで彼氏がいないってのも信じられないわね。
世の男は何してるのかしら。