ショコラ~愛することが出来ない女~


最後の皿が、ずいと前に出される。
フォークを掴んで見るけど、なぜだか指が震えた。

全体をチョコレートでコーティングされてるから、表面は固い。
人差し指に力を込めて、ケーキを切った。

すると、通常よりも柔らかいスポンジが中でたわんでいる。
切って口にふくむと、ほんのりオレンジの香りがした。
甘くて、とろけて、口に入れたことで周りのチョコレートも溶け出して味が混ざっていく。


「……美味しい」

「見た目は強くて硬くて、だけど、中はこんなに不安定で柔らかい。それが今の康子さんだって俺は思った。
……康子さんは『ショコラ』に居場所がないって言ったけど、少なくとも俺のケーキにはずっと君がいる。俺の中から君の居場所は無くなってない。それじゃダメか? もう一度、俺と、俺のケーキを愛してほしい。俺が作り続けるものを、ずっと側で食べてほしい。俺と……」

「……っく」


こみ上げてくるものが、せっかくのケーキの味を分からなくさせる。

泣きたくないわ。
このケーキを食べたい。
最後まで欠片も残さずに。
彼の見てくれた私を味わいたい。


「俺ともう一度結婚してほしい」

「……っつ。ええん」


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