ショコラ~愛することが出来ない女~


願いむなしく、私の目からは涙がこぼれ落ちる。

どんどん涙で濡れていく。
ダメよ。隆二くんの渾身のケーキ。
私は汚すことしか出来ないの?

涙がかかったケーキに、隆二くんが反対側から手を伸ばす。
フォークに切り取られた一欠片を、彼は私の口元まで運んだ。


「涙とコラボレーションしてもうまいよ。
康子さん、料理は柔軟だ。味はいくらでも変化する。これでダメとかこれで終わりってことはない。
俺はずっと作り続けるよ。その時の康子さんが一番だと思えるものを。
もし俺がケーキに夢中になってるようにみえるのなら、それは、君のことを想ってるからだ。
だって康子さんも毎日とても変化する。5年でこれだけ変わるんだ。来年のケーキも、再来年のケーキも、きっと違う味になる。
俺はそのたびに君に、『これが最高だ』と言わせたいんだよ」


勝ち誇ったように笑って、私の口に、フォークを押し当てる。

涙に濡れた顔はきっと汚いでしょうに。
私はそれをそのまんま彼に見せて口を開いた。

舌の上に落とされた甘いケーキ。口を閉じればその熱で溶けていく。



「……美味しいわ。最高よ」

「だろう?」

「でも今の時点でよ」

「じゃあ来年も作るよ」

「うん」

「ここで食べてくれる?」



頭ひとつ分くらいの距離で、隆二くんが笑う。

ああ。あなたがとても好きだ。
馬鹿みたいに単純にそう思う。

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