愛の花ひらり
「こちらが貴女のデスクです」
 優子は要がこれから使用するというデスクを指差すと、自分のデスクであろう上に、要の個人情報などを書き込んだ大きな手帳を置いた。その手帳は革張りのカバーが付けられており、社長秘書が持つ小物としては相応しい代物に見える。
 私はあのようなカバーは用意できないな――
 要はその手帳から視線を逸らすと、自分のデスクの引き出しなどを開いていった。
 すると、最近までこのデスクが使用されていたような形跡がある。
 少し前の社長の日程表や、女物の鏡など――それを要の後ろから覗き込んだ優子が苦笑を洩らした。
「最近辞めた人の物ですわ。社長の秘書は長く続く子がいなくて……」
「さ、最近までいたんですか!?」
「ええ、最近と言っても、一昨日辞められたんです。だから、急いでいたんでしょうね? 沢山の置き土産がありますわ」
 優子が右側の引き出しを開くと、そこにはストッキングなどの消耗品が入っている。
 社長秘書は身なりがだらしなくてはやっていけない為、このような消耗品も社内に常備しておかなければならないのだそうだ。
「急に社長同伴しなければいけない時もありますからね」
 優子は、このストッキングは貴女が使って下さいと言って、開いていた引き出しを静かに閉めた。
「これから沢山熟さなければならない事を教えていかなければなりません。社長の我儘なども聞かなければなりませんし、急用で慌てる時もあります。でも身体を壊さないように体調管理だけは怠らず、頑張って下さいね」
 既に四十は超えているのだろう。目の前の優子が紡ぐ言葉には真実味を感じる。要は喉をゴクリと鳴らしながら、首を縦に振っていた。
< 14 / 41 >

この作品をシェア

pagetop