愛の花ひらり

社長との初対面は最悪

 お手洗いと急騰室を案内してもらっていた要はホウッと溜息を吐いた。
「何か、どこもかしこも別世界みたいですね」
 要の正直な言葉に優子がフフッと笑う。すると、いきなり優子の携帯が大きな音を立てて鳴り始めた。
「えっ……? あら、社長がお戻りになっているそうですわ。すぐにご挨拶に参りましょう」
 とうとうこの時がやってきたと、要が緊張した面持ちを見せると、優子はそんなに固くなる事はないと、要の気持ちを揉み解してくれるような優しい言葉をくれる。
「確かに若手のやり手社長とも呼ばれている方なのですけれど、普段は気さくな方ですよ」
「でも、私……前科がありますから」
 前科とは入社式の時に居眠りをしていたという事。あの事がきっかけで社長秘書などという役職まで担わされたのだから、社長から見た自分は印象が悪いと思われていると感じていたが、今、優子が言った『若手のやり手社長』の言葉が気になった要が問い掛けた。
「あの、若手って……やっぱり社長はお若いんですか?」
 要の質問に、前を歩いていた優子が振り返り目を白黒させている。
「あの、この会社の案内のパンフレットをお読みになられましたよね?」
 優子が言っているのは、ここの会社の説明会の時にもらった会社内容のパンフレットの事だろうと、要は頷く。
「はい、読みました」
「そこに、社長の写真が載っていたのですが、ご覧になられました?」
 写真? そう言えばそのようなものがあったような気がしないでもないが、要はその写真などには目に留まらず、社長の経営理念などの文章しか読んではいなかったし、実際、社長の名前をフルネームでと問われても、姓は会社名と同じであるから『氷室』と分かるのだが、名の方は確実に答える事ができないくらいにおぼろげである。
 その事を優子に正直に話すと、彼女は、貴女みたいな女性は初めてだ――と、可笑しそうに笑い始めた。
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