愛の花ひらり
 要が勤める先の会社は、今の日本を牛耳る大手会社の中の一つ、【氷室商事】である。
 海外進出の先駆けの元であり、この会社を興したのは旧華族の家柄である血族達であるらしい。
 氷室商事の現社長は年功序列などの制度を廃止し、能力のある者を上にと押し上げていくやり手だと有名でもあり、上役の中には若いと思われる者が多数いる。だから要を始め、入社したての社員でさえも、どこにチャンスが転がっているのかは分からないのだ。
 しかし、要はまだ会社の中身も詳しくは分からない上に、研修もしていない入社したての平以下の社員の一人である。そのような話はもう少し先になるだろう。
 フワッと軽く口が開く。
 眠い――
 入社式の時に会長や社長の有難いお話があるものの、要は毎日の一人の生活でクタクタになっていて、ついつい居眠りをしてしまっていた。
 全く――こんな時程、上に立つ者の視線は鋭い。
「そこの新入社員! 何、居眠りをしている!?」
 壇上中央でマイクに口を近付けて話をしていた社長と呼ばれる男がいきなり怒鳴り声を上げた。
「えっ……!?」
 一瞬、誰の事を言っているのか分からなかった要は、思わず顔を上げて辺りをキョロキョロすると、周りの視線は皆、彼女に集中している。
「……わ、私?」
 周りの視線が痛い上に、壇上から、それもマイク越しの怒鳴り声だった為、要は恥ずかしさの余り、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
 その途端、入社式を行っている会場からは、大きな笑い声の渦が広がっていった――。
 ああ――もう、最悪――。
 だから、社長の顔なんて見てはいない。
 ただ、若かった? ような気がしただけ――。
 入社式が終わった後の要は一躍有名になってしまった。
「ねえねえ、名前、何ていうの?」
 要と同じく、新入社員の女の子達が私の周りを取り囲む。
「普通なら緊張するはずの入社式がすっごく楽しいって思えちゃった!」
 そりゃ、あなた達は笑っていられるでしょうけど、恥を掻いたこの私の立場をどうしてくれる?
 自業自得なのだが、無性に腹が立った要は思わず自分の席から立ち上がった。
 要をからかっていた女の子たちの引いた視線が突き刺さって来るがそのようなものは構わない。
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