愛の花ひらり
 何故なら、今日まで友達なんて作らずに生きてきたのだから、今更愛想を振り巻いて仲良しを作ろうなどとは一切考えなかった要は一言、
「ちょっと、化粧室……」
 そう短く言い残して仕事場を離れた。
 化粧室に入った要は、洗面台に両手を着いて大きく溜息を吐いた。
「人間関係ってめんどくさ……」
 それしか言葉が出なかった。
 そう、今まで多くの人達と交わろうとはしなかった要は、あの狭い仕事場でこの会社の社員と毎日のように顔を突き合わせなければならない事にうんざりし始めていた。
 それも今日は初日なのに――
 もう、脱落――?
 顔を上げて鏡の中の自分のそれを見た瞬間、苦笑いが大きく映し出された。
 疲れた顔――
 大学を卒業した二十二歳の女とは思えない。
 ここで諦める?
 自分は一人でも生活ができるように頑張って勉強をしてきたんでしょう?
 施設にいた時に要の耳に入った、頑張れという言葉が脳裏で反芻される。
 要は両手で自分の両頬をパパンッと叩くと、
「よしっ! いくかっ!」
 自分に激励を放って化粧室を出た。
 明日からは研修が始まる。
 楽しくはないが、忙しい日々が今日の自分を忘れさせてくれるだろう。
 要は、背筋を伸ばして顔を上げると、中途半端な高さのヒールの音を響かせながら、自分が先程いた仕事部屋へと向かっていった。

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