愛の花ひらり
「もう! 信じられない!」
 要は自分のカバンを荒々しく掴むと、玄関に向かって姿を消して行った――。
 今は6時半、開いているスーパーなどはない為、コンビニで惣菜やパンなどを買い込んだ要が再び敦の家に入り、朝食の準備をする。と、言っても食器も何もない為、パックのままダイニングテーブルの上に出すしかなかった。
 一通りの用意ができると、次は社長である敦を起こしに行く時間となっていた。
「部屋、どこだろう?」
 この部屋に来るまでの廊下の脇にあった部屋の中のどれかなのだろうが、ドアが4つ程あった為、一部屋ずつ覗いて行く要。すると、先程要がいたLDKのすぐ近くのドアの向こう側に敦の寝室があった。
 大きなキングサイズのベッドの上で身体を大の字にして寝ている敦を見て、要の頬が思わず弛む――違う、言い方を変えると引き攣っている。
「わ、私なんて……シングルサイズの布団で寝てるって言うのに……」
 この家の様子が分かってくる毎に、要の中に僻(ひが)む心が沸き起こってくる。
 しかし、もうすぐすると7時である。
 昨日、優子から手渡されたスケジュールの中では、今日は8時半から会議に関する書類に目を通さなければならない為、遅くてもここを8時前には出立しなければならない。
 要は寝室に入ると、敦の寝ているキングサイズのベッドの方まで歩み寄って行った。
「あの、社長……起きて下さい……時間、ですよ」
 歩み寄ったと言っても、ベッドから少し距離を置いた所から静かに声を掛ける要ではあったが、敦はうんともすんとも言わずにグーグーと寝ている。
「ちょ、ちょっと! 起きて下さいよ!」
 少しだけ声のトーンを大きくして言うが、それでも敦は目覚めない。
「社長! 起きて下さい! 遅れますよ!」
 とうとう要はベッドの所に乗り上がって、敦の身体を揺さぶり始めた――と、その瞬間――
 何が起きたのかと全身を硬直させる要。
 先程までは敦を見下ろしていたのに、今は天井が見える――それに身体に何やら重みが――。
「ぎゃああああぁぁっ!」
 要は朝には似つかわしくない叫び声を上げてしまっていた――。

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