愛の花ひらり
「今年の新入社員の中にライバル会社の娘がいるらしい」
 社長である氷室敦が会長と密談のような会話を交わしていた。
「あの、【熱海商事】の娘……?」
「もう少し詳しく言えば、熱海商事の会長の息子の娘。つまりは孫、だな」
 しかし、敦は、ん? と首を傾げた。
 今の熱海社長の子供は二人で、両方男であったはず――。
 考え込む敦の表情を見ながら、会長が大きな声を出して笑った。
「ははっ! そうか! お前は知らなかったのだな?」
「何を知らないと……」
「孫娘と言っても、縁は切れているらしい。あの狸の会長の一人の息子は、熱海商事の後継者だったのだが、その地位をあっさりと捨てて、自分の愛する女と駆け落ちをしたのだそうだ」
「じゃあ、ライバルであるわが社の偵察にその孫娘を使っているのですか?」
 すると、会長は煙草を咥えながら複雑な表情を浮かばせた。
「……いや。そうでもなさそうだ。恐らく、熱海の方は孫娘がこの会社に入社した事さえ知らないだろうよ。何せ、あの娘は……」
 熱海家の親戚全てから見放されて施設で育ったのからな――と、溜息交じりの言葉を洩らした。
「と、言う事は……」
「その孫娘とやらも、自分の素性を知らん」
「では、会社には何のデメリットもありませんね」
 秘書が持って来た熱いコーヒーの入ったカップを口に近付けようとした時、会長の口元から不気味な笑みが放たれた。
「ど、どうしたんです? 一体……」
「なあ、敦。メリットはあるとは思わんか?」
「メリット? ああ、孫娘を利用して熱海を揺さぶるんですか?」
「流石は、氷室商事の社長だ……頭が切れる」
「で、メリットになる内容とは?」
 敦は、この過酷な競争の世界の中で最も相応しい表情を浮かばせながら、会長の話を聞く事にしたのだった――。
< 4 / 41 >

この作品をシェア

pagetop