愛の花ひらり
「あの……」
「社長がお待ちですから行きましょう。それに、この仕事は多忙で細かいですから、色々と教える事が多いので、時間はあればある程助かるんですよ」
 優子はそう言うと、要を促して目の前にあるエレベーターに乗り込んだ。
 優子が社長室のある階のボタンを押す。
 三十五階――そのボタンの場所にこの熱海商事の社長が居座っているらしい。
 優子はそのボタンを押し終えた後、続け様に閉まるのボタンも押すと、エレベーターの扉がスルスルと向こう側の景色を隠していった。
「ところで、先程何か質問でもございましたか?」
 ボタンの前に立っていた優子が要の方に身体の向きを変えて問い掛けてくる。
「えっ? あ、あの……」
 そう――聞きたい事は山ほどある。
 自分は営業部希望であったのに、何故このように営業部とは程遠い社長秘書などに抜擢されたのか? 先程人事部の上役が、居眠りをしていて注意をされたからだと笑って言っていたが、要にはそのような単純な事で選ばれたような気がしなかった。
「何でしょうか? 社長室に到着するまで質問をして下さって結構ですよ」
 優子の優しい言葉が要の心に決意を促せてくれる。
 要は顔をグイッと優子の方に向けて口を開いた。
「営業部を希望していた私が、何故、社長秘書なんかに抜擢されたのですか?」
「それは、先程人事部の上役も貴女に伝えたと思ったんですが?」
 この優子。先程の人事部の上役と要の話を聞いていたらしい。今、目の前の彼女は、その質問には答える義務がないとでも言うように口を閉ざしている。
 しかし、負けてはいられない。要は自分の思っている事を言葉にして優子に投げ付けた。
「居眠りをしているだけで肝が据わっているとか、鍛え甲斐があるとか判断されても困るんです。私は……」
 どうしても営業部の方にいきたい要が秘書としての自分の不必要性を優子に説こうとすると、彼女はいきなり要の履歴を言い始めた。
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