彼女の残したもの・・・
第6章 瑠璃色の夜
その店は、キャバレーと言うより、当時増えつつあったピンクサロンだった。

客引きは赤いチョッキに和手拭いの鉢巻きをした三十代の痩せた男で、先輩と僕を見つけると、
「さっ、さっ、社長どうぞ〜」などと調子よく二階へ続く暗い階段へ僕らを誘った。

安普請な扉を入るとさらに暗かった。
中はミラーボールに七色のライト、それから耳が痛くなるほどの音楽が溢れていた。

一瞬僕は先輩の袖をつまんで、小声で「やっぱ帰りましょうよ」と言ったが、その声は大音響に掻き消されてしまった。

ボーイは、手慣れた様子で僕らの足元をペンライトで照らしながら、店の奥へと案内した。

狭い二人掛けソファーは、全部同じ方向を向いていて、小さなテーブルがあり、前の席との間にはビニールで出来た観葉植物で申し訳程度の目隠しがしてある。
先輩とは別々の席に通された。

すぐにボーイが小瓶のビールと湿気たえびせんの小皿を置き、「ご指名はございますか?」と訊いてきた、「ない」と僕が言うと「かしこまりました、少々お待ちください」と席を離れて行った。

先輩は馴染みの女がいるらしく、人が席に入る気配して、少し見える先輩の頭にすぐにその影は重なった。

僕はしばらくひとりで待たされた。
ビールを飲み、湿気たえびせんは口に運ぶ気にはなれず、指先で転がしていた。

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