彼女の残したもの・・・
「お待たせいたしました。しのさんです」

ボーイの突然の呼びかけに僕は思わず立ち上がりそうになり、そこに立っている人影に「どうも」などと間抜けな言葉を掛けてしまった。

「フフッいらっしゃいませ」

そこには紛れもなく、ふじかわあやのが立っていた。

「あやの?」

「しのです。よろしくぅ」

あやのは、座っている僕に抱きついてきた。
そして、僕の耳元で囁いた、
「シンゴ、久しぶりだね・・・」

僕はまた「あ、あぁ」などとまた間抜けな声を出してしまった。

我に返り、あやのを押しのけ、
「あやの、何でこんなところに・・・」と、言いかけた唇にあやのは唇を重ねてきた。

そして、「黙れ!ぶっとばすよ」と言い、また唇を重ねた。

でも、頬を大粒の温かな涙が伝うのを僕はすぐに分かった。

甘い香水の香りにも慣れてしまうくらい頬を寄せ合い、無言のまま抱き合った・・・

・・・このまま時間が止まればいい。

突然、ボーイに引き離され、あやのは席を立ち去る寸前、小声で「八幡様の前で」と言い残して行った。
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