彼女の残したもの・・・
第8章 浮草のように・・・
第8章 浮草のように・・・
「もう、風邪引いちゃうね」

あやのは、そう言って風呂上がりの僕にバスタオルを被せた。

突然の雨のせいにして、ホテルに入ってしまったけど、僕は少し後悔していた。

僕の思い出の中の“ふじかわあやの”は、あの棒っ切れを振り回していた“隊長”のままだったのに・・・

今、曇りガラスの向こうでシャワーを浴びている女性は、僕がほのかな恋心を寄せていたあやのとはどうしても結び付かない。

ベッドに横になり、ふとそんなことを考えていた。

髪を拭きながら、浴室から出てきた彼女は、すっかりさっきまでのチークの濃い化粧を落とし、素っぴんだった。

じっと見つめている僕の視線に気づいて、彼女は舌を出してはにかみ、そして、部屋の灯りを少しだけ暗くして、僕の隣に滑り込んだ。
「・・・・・・」

しばらく二人とも無言だったが、沈黙に耐えられなくなったのは彼女の方だった。

腕枕をしたまま背中を僕の方に向け、
「シンゴ・・・今日はびっくりしたけど、逢えて嬉しかったよ」

「ああ」

「私の話、聞いてくれる?」

「うん」

彼女は乾きかけの髪が、僕の腕から離れ、体を起こすと、枕元に置いてあったポーチから、細身の煙草を出して、慣れた手つきでホテルのマッチで火を点けた。

彼女は、堰を切ったようにこの十年間の話を始めた・・・
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