描かれた夏風
「えへへ、でもまだまだ先輩たちには及びません。ここの絵の塗りとか下手でホント嫌になります」

 私が浅く微笑むと、智先輩も笑い返してくれた。

「謙遜なんていらないよ。――僕はこの絵が好きだから、下手だなんて言われたら頭にくる」

(え……?)

 私は笑顔を硬直させる。一瞬だけ、智先輩の顔に誰かの影がダブって見えたのだ。

 ――私なんてアスカ先輩の足元にも及びませんよ。

 私がそう言ったときにアスカ先輩が浮かべた、あの憎々しげな表情。

 中学のとき同じ美術部の部長だったアスカ先輩は、私の憧れの存在だった。

 いつも明るく励ましてくれた。私の絵を一番高く評価してくれていた。

 ――今だって、多分そう。

 謙遜はいいことだと思っていた。けれども時と場合によっては、人を傷つけることがある。

 例えば、あの時の言葉のように。

(もし……アスカ先輩が私のことをライバルだと見ていたのなら)

 足元にも及ばないというあの言葉を、アスカ先輩はどう受け取ったのだろう。

「本当に、優しい絵。妹にも見せてあげたいな……」

 智先輩のつぶやきを聞いて、私は我に返った。
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