ルージュはキスのあとで
キスの理由
28 キスの理由
「悪いな。……いきなり、こんなところに」
「……いえ」
ゆっくりと首を横に振ると、長谷部さんは少しだけ安心したように表情を緩めた。
そっと部屋の中を窺う。
長谷部さんらしい、シンプルでモノトーンの部屋だ。
窓から見える景色は、光の粒が散らばったように煌びやかに見える。
そうとう高い場所に自分がいるのだということが外の夜景をみただけでわかった。
「外だと、いろんな目がうるさいしな」
「そ、そっか。長谷部さん、有名人ですもんね」
この状況が、やっと腑に落ちた。
そういえば、そうだった。
長谷部京介という人は、人気メイクアップアーティストだ。
それも『京さま』と呼ばれ、若い女の子たちに大人気なのだ。
他人の視線があるようなところで、長い間外にいることは結構危険な行為なのかもしれない。
どこで誰がみているかもわからないし、どんな噂がたってしまうのかもわからない。
だから私をここに連れてきたのだろうか。
もう一度部屋を見渡す。
ほかの人の気配がしないということは、長谷部さんひとりでここに住んでいるんだろうか。
長谷部さんに聞こうと振り返ろうとした瞬間だった。
私の背中を包み込むように、長谷部さんは私を抱きしめてきたのだ。