ルージュはキスのあとで





「……やるよ」

「え?」

「お前に……真美に、全部くれてやる」

「は、長谷部さん……」


 人の心を射抜くようなまっすぐな瞳は、私を包み込むように情熱的な視線を向けている。
 いつもはクールで少しだけ冷たそうな切れ長な瞳が、今は官能的な色香を放っていた。

 至近距離で私のことを見つめている長谷部さんは、相変わらずカッコいい。

 こんなにかっこよくて、世間で〝クール王子”だなんて言われている人が、今、私を抱きしめているだなんて。
 信じられないけど、今感じるのは長谷部さんから直接伝わってくるぬくもり。
 それが、嘘じゃないんだよ、本当のことなんだよと伝えてくれていた。


「だから、全部……真美をくれ」

「長谷部さん」


 思わず戸惑った。
 確かに長谷部さんが好きだし、こうして抱きしめてもらって嫌悪感はない。
 ないどころか、もっと長谷部さんとくっついていたい。
 もっと長谷部さんの熱を感じていたい。
 そういう感情を抱いていることは本当だ。

 だけど……。

 何もかも初心者の私だ。
 恋愛だってそう、両想いになのだってそう。
 なにもかも初めてなことばかりで戸惑いばかりだ。

 それなのに、いきなり抱きたいと言われたって……。

 戸惑いに揺れながら、それでも長谷部さんと離れたくなくて。
 明確な答えを出さずに、ギュッと長谷部さんの背中に回した手に力を込め、私は長谷部さんに抱きついた。

 ゆっくりと私の背中をなでる大きな手は、もちろん長谷部さんの手だ。
 いつも思っていた。大きくて、キレイで、だけど骨ばった感じはやはり大人の人の手で。
 私の顔にファンデーションを塗るときだとか、ブラシを使って口紅をつけるときだとか。
 その男らしい手が繰り広げる繊細な動きに、いつもドキドキしていた。
 その手の平が今、私の背中をやさしく撫でてくれている。

 ドキドキして、苦しい。だけど甘くて痺れる。
 こんな感情、今まで感じたことなんてなかった。

 少しずつ背中から伝わる長谷部さんの熱が、私の緊張を解していく。

 ゆっくりと頬を長谷部さんの胸に摺り寄せる。
 そこから香るのは、長谷部さんの香り。
 ふわりとオーデコロンの香りが私を包み込む。

 なぜだろう、とても安心する。

 これから起きることを考えればドキドキして心臓が壊れちゃうかもと心配してしまうほどだというのに、長谷部さんに抱きしめられている、そのことが嬉しい。







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