ルージュはキスのあとで
「彼は、メイクアップアーティストの長谷部 京介(はせべ きょうすけ)くん。もともとは裏方を好んで仕事していたのを半ば脅して、うちの専属になってもらったの」
「……はぁ」
半ば脅して、という皆藤さんの言葉に長谷部さんはピクリと眉をあげたが、なにもいう様子はない。
どんな脅しをしたんだろうかと、そのことに気をとられていた私は、皆藤さんが次に言った言葉を聞き流してしまった。
だが、なんとなく不穏な響きだったような気がする。
私は、一応聞きなおした。
「えっと……え?」
「うふふ。だから、真美さんに今回の企画のモデルをしてもらいたいの」
「は、はぁ」
「企画としてはね、スキンケアだとか、メイクの仕方だとかを3ヶ月かけて京介くんが伝授していって、それをどれだけ習得できるか。どれだけキレイになれるかっていうのを追っていこうっていう企画なの」
「……」
えっと。
つまり……なんですか。
私に、3ヶ月間この無表情で怖いお兄さんとマンツーマンでメイクを伝授してもらえということですか。そういうことですか。
サーっと血がひいていく。
ってか、無理でしょう。無理。
私、そうじゃなくても男の人が苦手なのに、こんなに怖いお兄さんに色々メイクを指導してもらうなんて絶対に無理だ。
長谷部さんは、怖い雰囲気を除けば、かなりカッコイイのだと思う。
街にでれば、誰もが振り向くほどの美形な人だと思われる。
だけど、鑑賞と目の保養のために眺めていればいいというわけじゃない。
この無愛想な男の人にメイクを教えてもらうですって? 絶対に無理だから。
まずは、会話が成り立ちそうもない。
そのうえ、ギロリなんて不機嫌に睨みつけられたら萎縮してしまって、メイクどころじゃない。
これは断固として拒否だ、そう思って皆藤さんにお断りをしようと口を開きかけると、彩乃が先手必勝とばかりに口を出してきた。
たぶん、彩乃は直感で感じとったのだと思う。
私なら、絶対にこの話を断るだろう、と。
ギョッと目を見開いて口を出してきた彩乃を見つめた。
「それ! 引き受けさせていただきますっ!」
「ちょ、彩乃!?」
勝手にOKをだす彩乃を睨みつけた。
そんな私の視線を無視して彩乃は皆藤さんに捲くしたてた。
「真美にとってチャンスだと思うんですよ! 真美はみてのとおり、こういうことは疎くて好きじゃないってわかってるけど」
「そ、そうだよ。だからさ、彩乃」
彩乃を落ち着かせようと口を挟んだ私だったが、逆に彩乃にガシッと両手を掴まれた。