ルージュはキスのあとで
「え? なに? ちょ、」
「大人しくしてろ」
泣く子も黙るとはこういうことを言うのだろうな、と思った。
威圧的な態度と言葉に、いつもの私なら反論していただろうけど、反論できないそんな雰囲気を纏っている。
「クレンジングなんて、ほとんど必要ないな」
まったくもって、そのとおりです。
だって、ほとんど化粧してないし。
ただ、なんだかプロの人にそういわれると恥ずかしさのあまりに逃げ出したくなる。
「目、閉じて」
命令口調の長谷部さんに、何も言えず、とりあえず目を瞑る。
チョキチョキとはさみが動く音がする。
そのあとは、きっとアイブローで眉を書いているのだろう。
少しだけ触れる長谷部さんの指に、なんだかドキマギしてしまう小心者の自分を罵倒した。
どうした、真美。
男だからって、カッコイイからって、相手は超失礼な男だ。
ここは、ガツンとひと言言ってやってもいいんじゃないか。
そんなふうに息巻いていると、「できた」という長谷部さんの声で目を開けた。
そしてぶっきらぼうに差し出された鏡を、思わず二度見してしまった。
こんなに整った自分の眉、みたことがない。
びっくりして鏡を覗き込んでいると、長谷部さんは威圧的にのたまった。
「皆藤さん。すごい逸材を見つけてきたな」
「あら。お褒めいただきうれしいわ。京介くん」
「やりがいがありそうな顔だ……アンタ」
「っ」
チラリと視線を長谷部さんが送ってきた。
ただ、チラリと見ただけだとは思うけど、長谷部さんのなんともいえない威圧的な態度と雰囲気のせいで睨みつけられているような感覚に陥るのは私だけだろうか。
「仕事は何時に終わる?」
「えっと……大体6時には」
「じゃ、明日ここに7時な」
「は!?」
それだけ言うと、メイク道具がぎっしり入っている鞄をしまってスタスタと何も言わずに部屋を出て行ってしまった。
あっけにとられていると、皆藤さんが嬉しそうに言った。
「じゃ、明日7時にお待ちしてるわね」
「いや、ちょっと待ってくださいよ。私、ひと言もOKだなんていっていないですよ?」
「まぁまぁまぁ」
いや、まぁまぁまぁじゃない。
キッと皆藤さんを睨みつけると、皆藤さんは外を指差した。
「断るなら京介くんに直接言って」
「は!?」
「やる気になっている彼を説得する勇気はないわ、私」
「え!?」
「あなたが直接言って頂戴。彼が諦めれば、この話は白紙でいいわ」
「本当ですねっ!?」
食ってかかる私に、皆藤さんは涼しい顔をして「ええ」と頷いた。
言霊はとった! 絶対に守ってもらいますからね。
私は、速攻その部屋から飛び出すと、長谷部さんを追いかけた。