ルージュはキスのあとで
「京はね……本当はこういった表舞台には出てきたくなかったんだよ。もともとこういうことは苦手だし」
「へ?」
意外な言葉を聞いて、私は隣に座る進くんを見つめる。
「今じゃあ“クール王子”だなんてもてはやされているんだけどね。本人はかなり嫌がっているね」
なにかを思い出しながら、クスクスと笑う進くん。
でもその表情は、愛情に満ちていた。
「もともとはさ。映画なんかでメイクをやったりだとか、裏方が好きなヤツなんだよね」
「……」
さきほど皆藤さんが言っていたことを思い出す。
皆藤さんが長谷部さんを紹介してくれたときに、確かそんなことを言っていたはずだ。
「だけど……いろんな柵がでてきちゃってね。しかたなく表舞台にでてきたんだけど……気がついたらクール王子だなんてもてはやされちゃったってわけ」
「はぁ……」
「アイツにとってメイクって、芸術作品だと思っているところあるからなぁ」
「芸術作品?」
「ん。特殊メイクとかを本当は得意とするヤツなんだよ。今まではずっとそういう世界にいたしね。ただね……色々あって、表舞台に出なくちゃいけなくなったんだよね」
「……そうなんですか」
なんとなく納得してしまった。
目の前の進くんは社交的だし、物腰柔らかだしで人対人の仕事を得意としている雰囲気が伝わってくる。
が、一方の長谷部さんといえば、どちらかというと黙々と作業をしていくタイプのような感じがする。
職人。うん、まさにそんな感じがする。
会話をしながら相手を和らげてメイクをする。
そんなことは、なんとなくだけどできそうもなさそうだ。
だからこそ“クール王子”だなんて名前がついてしまったのだろう。
ただ、顔がいい男っていのは、そういう無愛想なところも女子にとってはカッコイイに変換されてしまうのだろうけど……。
本人はかなり嫌がっているということなので、ご愁傷様と心の中で思った。
「あのさ、真美さん」
「あ、はい」
進くんが改まって、私のほうに体をまっすぐと向けたあと、背筋をピンと伸ばした。
それを見て、私も慌てて背筋を伸ばす。
「京介はね、できないことを承諾したりとかは絶対にしないから」
「え?」
首を傾げて進くんを見つめる。
そんな私を見て、進くんは真面目な顔をして口を開いた。
「真美さんを絶対にキレイにしてくれるよ。これは約束する」
「進くん……」
「3ヵ月後には、今よりずっとチャーミングな真美さんになるはずだよ?」
「……」
進くんはそういうと、うっとりしてしまいそうなキラキラ輝いた笑みを浮かべる。
そんな進くんが眩しかった。
そっと進くんから視線を逸らし、膝の上で握り締めていた手を、もう一度きつく握った。