ルージュはキスのあとで
相変わらずの威圧的な雰囲気が、ますます私の決心を揺るがす。
なにがなんでもやめるんだ。断るんだからね!
そう心に誓いながらも、相手を目の前にすると足元からすくわれそうな、そんな雰囲気で、すでに白旗を振り逃げたくなった。
カツン、カツン。
長谷部さんがゆっくりと靴を鳴らして私のほうに歩いてきた。
思わず逃げ出したくなり逃げ腰の私に、長谷部さんは少しだけ表情を緩めて苦笑する。
え……今、少し笑った?
そういえば、長谷部さんのそんな表情を始めてみた気がする。
と、いっても出会ったのは昨夜のこと、長谷部さんのことはまだ知らないのだから無理はないのだが、昨日の長谷部さんの様子を見る限り、こうして笑うだなんて予想もしていなかった。
「その顔は……断りに来たんだろう?」
「え……?」
「そう、お前の顔に書いてある」
「……」
無言のままの私に、長谷部さんは視線で問いかけてきた。
違うか? そう言われているかのように感じた。
私は、キュッと唇を引いて、目の前にいる長谷部さんを見上げた。
「そうです。話がわかっているのなら早いです」
「……」
「このお話。なかったことにしていただけませんか!」
懇願に近い形で、長谷部さんに訴えたのだが、目の前の長谷部さんは無表情のままだ。
返事もなければ、表情も変わらない。
困りきって長谷部さんをまっすぐに見つめていると、突然長谷部さんはツカツカと私の横を通りすぎ、ドアのノブを握りながら私を振り返った。