ルージュはキスのあとで
「はい、おまちどうさま。本日のお献立です」
「あ、ありがとうございます」
「今日はね、いい真ダコが手に入ったのでタコ飯定食ですよ。お茶とデザートも用意しておりますので、お食事が終わりましたら声かけてくださいね」
おだやかな笑みを浮かべた板前さんはそれだけ言うと調理場に戻っていった。
テーブルに置かれたお膳を見ると、温かな湯気が立ち上る。
空腹を刺激する、おいしそうな香りに思わずお腹の音が鳴り響いてしまいそうだった。
「食ってみろ。うまいぞ」
「……いただきます」
手を合わせてから、箸を取る。
まずはお吸い物から、たけのこと絹さやが入ったお吸い物。どちらも季節の野菜だ。
ゆっくりと口をつける。
「おいしい!」
思わず声に出して言ってしまった。本当においしかったから。
顔が綻んでいくのが自分でもわかった。
今日はずっと顔が強張っていた気がする。
メイク指南のことを絶対に断ろうと虚勢を張っていたから。
強い気持ちを持って、長谷部さんに向かっていかないと勝てないと気持ちを張りつめていた。
だからこそ、久しぶりに自分でも笑ったと自覚があった。
そんな私のことを、じっと見ていたのは目の前の長谷部さんだった。
「なんだ。笑えるじゃないか」
長谷部さんは、そう言ったあとお吸い物に口をつけた。
私はそんな長谷部さんに、ムッとして悪態をついた。
「人をロボットみたいにいわないでください」
どこか人をからかっているような様子の長谷部さんに、内心腹をたてながら次はタコ飯に箸をつける。
こちらも、タコがとてもやわらかくておいしい。
ああ、箸が止まらない。
ものすごく……おいしい。
また顔が緩んでしまいそうになったが、目の前の長谷部さんにまた何か言われるかもしれない。
顔を引き締めたまま、黙々と目の前のおいしいご飯を食べることに専念することにした。
食べ物に罪はない。
それにしても、本当においしいなぁ。今度、彩乃を連れてきてあげよう。
きっと喜ぶだろうなぁ。
パチンと箸を置いた長谷部さんは、肘をついて私のほうをジッと見つめている。
その視線がバチバチ当たっているのがわかって、なんとなく居心地が悪い。
最初はその視線を無視していたのだが、こんなに至近距離で見つめられると無視するのにも段々無理になってくる。
私も箸を置いて、目の前の長谷部さんを見た。