ルージュはキスのあとで
「今回の体験モデル、やりたくないんだってな」
「……」
「確かに、昨日かなり渋っていたしな」
「……だったら、」
私は意を決して目の前の長谷部さんを見つめた。
「話が早いです。今回のこの話しはなかったことにしてください」
「……」
無言のまま私を見つめ続けている長谷部さんの視線が、なんとなく突き刺さって痛い気もしたが、なんとか自分で断りの言葉を言うことができたことに満足した。
なんだ、私。ちゃんと言えたじゃない。
いえたことに満足してホッとしていると、長谷部さんはやっと口を開いた。
「昨日会ったときにも思ったんだが……化粧をしないという理由なんだが」
「あ、はい」
「本当にケバくなるからしないというのが本当の理由だとは思えないんだが」
「……え?」
「俺には別に問題があるように思えたんだが。……違うか?」
「……」
「それも、なかなかに根が深いように感じた」
静かにそう語る長谷部さんの視線。なんだか全てを見透かされているようで怖くなった。
メイクをしない理由。
本当に上手じゃないし、ケバくなるからしないというのも理由のひとつだ。
だけど……。
下を向いて視線を逸らす私に、長谷部さんは言う。
「何に逃げているんだ?」
「え?」
ドクンと大きな音をたてて心臓が泣く。
私は、顔をあげて長谷部さんをジッと見つめた。
長谷部さんの切れ長の目が私を見つめる。なにかを語るように、なにかを射抜くようにジッと……。
「もう一度、聞く」
「……」
「なんで逃げるんだ?」
「……」
黙ったままの私に、長谷部さんはため息交じりで呟いた。