ルージュはキスのあとで
「そこまで言うならやってやりましょう」
「……」
「長谷部さんは、筋金入りのメイクベタの私をメイク上手に仕立てることができる、と」
「……ああ」
「残念ながら今の時点で、誰にも声をかけられない女ですけど、それでもこの賭けをするんですか?」
「ああ」
なんでもないとばかりに頷く長谷部さん。
それを見て、私はますますカチンと頭にきた。
「そうですか」
「ああ」
「そこまで豪語するのなら、やりましょう」
ダンと机を叩いて、目の前の長谷部さんを鼻で笑った。
私のイライラとした様子を見ても、いまだ面白そうにしている長谷部さん。
さすがに頭にきた!!!
「恥をかくのは、私だけじゃないですからね」
「……まぁ、そうだろうな」
なんだか人事のような言い方に、長谷部さんを思わず睨みつけてしまった。
そのやる気のなさそうな返事。
さきほどまでの真剣で真摯な態度はどこにいってしまったのだろうか。
ギュッと唇を噛む。
「長谷部さんも恥をかくことになるんですからね!」
「ああ、わかってる」
軽く頷く長谷部さん。
本当にわかっているのだろうか。
そう疑いたくなるほどの返事の軽さだった。
長谷部さんにとって、これは大きな仕事だと思う。
表舞台にはあまり出たくない長谷部さんでも、さすがに雑誌の企画で落ち度を見せるのはプロとして今後やりにくくなるんじゃないかと思うのだ。
私からしたら、今回の企画に私を使おうとすること自体が、かなりの賭けだと思うのだけど。
本当に、本当に、本当に私でいいんだろうか。
長谷部さんが後悔することになるんじゃないだろうか。
意地を張っているのは、長谷部さんのほうじゃないかなと思わず心配をしてしまう。
自分が見栄をきってしまった手前、引き下がることができなくなってしまっているんじゃないだろうか。
そう思っていった言葉だったのに……。
長谷部さんは、なんてことないとばかりの態度だ。
「じゃ、商談成立だな」
そういってニヤリと笑う長谷部さんを見て、私は心底後悔した。