ルージュはキスのあとで
賭けをしようというのは、長谷部さんの計画だったのだろう。
私が意地を張るんじゃないかと、長谷部さんは予想したのだと思う。
で、結果意地を張ってOKを出してしまった私は、まんまと長谷部さんの術中に嵌ってしまったということなんだろうか。
今更、「やっぱり賭け、やーめた」と言ったとしても、きっと長谷部さんのことだ。
却下するに違いない。
そして、そんなことを言う勇気も私には持ち合わせていない。
結局、私は意地っ張りで、天邪鬼だということだ。
あんなに言いきってしまった手前、今さら引き下がることなんてできない。。
どうやら撤退できない状況に、自ら飛び込んでしまった……らしい。
「おかしい……」
思わず呟いてしまった。
だって、やっぱりおかしい。
今日は、この体験モデルの件を断ろうと意気揚々と出版社に飛び込んでいったはずだったのに。
気が付けば、前にも後ろにも身動きができない状況になりつつある。
こうなってしまった以上、どうやら覚悟を決めないといけないらしい……。
ゴチャゴチャと色々考え込んでしまっている私を、長谷部さんはチラリとみたあとカツオのタタキに箸をつけた。
「お前の頭の中、色々と忙しそうだが……とりあえず食べれば?」
「……」
自分の目の前のご膳を見つめる。
カツオのタタキがおいしそうだ。
こんなに緊迫した状況だというのに、お腹の虫が鳴りそうだ。
そうだ。食べ物に罪はない。
さきほど、自分で自分に言ったばかりじゃないか。
もう、こなったら現実逃避だ。
今、私を癒してくれるのは、きっと目の前のおいしいご飯だけだ。
「言われなくても食べます!」
悪態をつきながら箸をつけたカツオのタタキは……予想を裏切らないおいしさだった。