ルージュはキスのあとで
「どうしてこうなっちゃったかなぁ」
ふと我に返り、止まっていた手を動かす。ネギをトントンとリズミカルに切ったあとは、豆腐を切る。
手のひらにのせた豆腐を、壊さないようにやさしくさいの目に切る。
それを沸騰したお出しに、ゆっくりと手の平から豆腐を滑らせた。
ユラユラと揺れた豆腐を見て、火を止め、味噌を溶く。そしてネギを入れれば食欲を刺激するいい香りがした。
「あとは卵でも焼こうかなぁ」
冷蔵庫を覗き込んで卵を取り出す。
食材の少なさを確認して、あとで買い物にも行かなくちゃと後ろ手で冷蔵庫の扉を閉めた。
フライパンを火にかけ、油をひく。
温まったフライパンに、卵を割りいれ水を入れ、蓋を閉めた。
ジュウジュウと卵が焼ける音を聞きながら、ふと昨日の長谷部さんの顔を思い出す。
「……真剣だったなぁ」
思わず目を逸らしたくなるほど、まっすぐに私を見つめていた長谷部さんの顔が脳裏をちらついてうるさい。
頭を振って、フライパンの蓋を開けた。黄身が半熟な感じに出来上がった目玉焼きを皿に移す。
チョロリとしょうゆをたらしてテーブルに運んだ。
ご飯に、豆腐とネギのお味噌汁、目玉焼き、あとは冷蔵庫の片隅にあったお漬物を出して朝ごはんだ。
「いただきます」
一人で手を合わせて言ったあと、箸を取り味噌汁に口をつけた。
狭いワンルーム。ひとりだけの食事。
就職して、すぐに始めた一人暮らだが、やっとそんな生活にも慣れてきたなぁと苦笑しながら、ご飯茶碗を手に取った。