ルージュはキスのあとで
「どうした? 真美。そのメイクありえないぞ」
そういってクスリと笑われてしまった。
いつもの大好きな笑顔で言われた言葉は、私の心を容易に傷つけた。
ふと気を緩めれば、泣きそうだった。
だって、このメイクはすべて……あなたのために施したのに……。
ものすごく時間をかけてやったのに。
そんな気持ちを口にだして言えたら、少しは楽だったかもしれない。
だけど言えなかった。
言ってしまったら、すべてが終わってしまう。そんな気がした。
ギュッと唇を噛んだあと、何事もなかったように無理をして笑った。
「だ、だよね。ちょっとやってみたかっただけなの」
それだけ言うと、すぐにその場から離れた私。
あのままあの人の前にいたら……たぶん泣いてしまっていたから。
部屋に戻った私がまず一番にやったことは、さきほどドキドキして買い揃えたコスメをすべてゴミ箱にいれることだった。
もう必要ない。
もう、メイクなんてしない。
必要なんて……なくなってしまった。
私はただ、少しでもオトナになりたかった。あの人の隣に並んでも見劣りしないぐらいになりたかった。
だけど……それも敵わなかった。
そして、私の淡い憧れとともに、初恋も消えていった。
どうせ私が着飾ったって、どうやったってあの人の隣には並べない。
私のことを子供扱いする、あの人には私の想いは届かない。
そのことに気が付いたから。
それからというもの、徹底的にメイクはしなくなった。
負け惜しみじゃないけど、ムキになっていたかもしれない。
みんながどんなにキレイにメイクをしてきても、私は一切コスメに手を触れることはなかった。
だがしかし。
社会人ともなると、メイクは最低限の身だしなみとされていて、嫌々メイクをするようになった。
だけど、それもついているのかついていないのかわからないぐらいの薄化粧だ。
これでいいと思っていた。
特に困ることはない。
だけど、あの頃のことを思い出すと切ない気持ちになる。
私は、心のどこかでキレイになりたいと願っているんだろうか。
あの賭けの件については、断ろうと思えばいくらでも断れていたと思う。
だけど、それを意地を張っているようにみせかけて断らなかったのは、ほかでもない私だった。
「だって……優しかったし」
クールで無表情だと思っていた長谷部さんの優しい瞳をみてしまって調子が狂ってしまった。
昨日の出来事を思い出し、私はもう一度大きくため息をつく。
それにしても、これから三ヶ月。
どんな日々が待っているのだろうか。
考えればかんがえるほど、不安や心配ごとが募っていく。
とにかく今は忘れようと、頭を軽く横に振る。
私は、もう一度箸を取ると、黙々と朝食を食べだした。