ルージュはキスのあとで
「真美さん、どうかした?」
思わず思い出に浸っていた私を、現実に戻す声がした。
皆藤さんのそんな声にいち早く反応したのは、正和くんだった。
一瞬私を見て驚いた顔をしたあと、あのいつもの笑顔で近づいてきた。
一体、どんな顔をして会えばいいんだろう。
っていうか、なんでここに正和くんがいるわけ?
あの日から、会わないように細心の注意を払ってきたというのに。
今、どうしてここで会うことになってしまったんだろう。
逃げちゃいたい、そう心で叫んだときだった。
私の目の前に正和くんが立っていた。
「久しぶりだな、真美。まさか、こんなところで会うとは思わなかった」
顔をあげたくない。だけど、あげないわけにはいきそうにもなかった。
私は、渋々と顔を上げると、そこには屈託なく笑う正和くんがいた。
「……どうして?」
「ああ、俺、ここの出版社で働いているから」
「あ……」
そういえばと思いだす。正和くんは、どこかの出版社に勤めるようになったということだけは聞いたことがあった。
ただ、どこの会社かは聞いていない。
会社名まで把握していなかったお母さんは、それ以上のことは言っていなかったように思う。
あれから何度かお母さんが正和くんのことを話していたけど、聞いているフリをしていただけで頭の中には入ってこなかった。
強制的に、正和くん情報をシャットアウトしていたから。
それにしても……まさかこんな形で正和くんと再会するだなんて、思ってもみなかった。