ルージュはキスのあとで
それにしても……と、私は人が溢れかえる駅の改札を見つめた。
女の人の数がすごいと思う。
それも、キレイな人ばかり。
そんな中で、この女子力低下の干物女が浮いて見える。
こんなことなら、もう少しまともな服装をしてくるんだった。
今日の私の服装といえば、動きやすさ重視のカジュアルスタイルだ。
Tシャツにジーンズ、スニーカー。はい、終了。
色気もなければ、可愛さもない。
とにかく機能重視という格好だ。
その上、メイクは薄化粧もいいところ……。
これではさすがに長谷部さんに怒られるかもしれない。
今さらになって慌てたって、時すでに遅しなんだけどさ。
ぶつぶつと独り言を言いながら、人がごった返す改札を見つめる。
まだ長谷部さんの姿は見えない。
時計を見れば、約束の時間まであと10分ある。
それならまだここに到着はしていないことだろう。
「じゃ、とりあえず暇つぶし」
いつも鞄には常時一冊本が忍ばせてある。
壁によりかかり本を広げた瞬間、頭上で声がした。
「ふーん。幕末夢紀行か」
「へ!?」
上を見れば、そこにはいつもどおり無表情な長谷部さんの顔があった。
文庫本はカバーをしてある。
ということは、文章を読んでわかったということだろうか。
私の顔を見て、気持ちを察してくれたのだろう。
長谷部さんは、少しだけ表情を緩めた。
「俺もその本、読んだことあるからな」
「そ、そうですか」
「ふーん、そういうジャンルが好きなのか?」
「あ……っと、はい」
素直に頷くと、長谷部さんは少しだけほほ笑んだ……気がした。
が、そのあとに言葉はなく外を指差した。
「まぁ、ついてこい」
「……はい」
やっぱり詳しい説明もなく連れ出された私。
人が溢れかえる改札を、なんとかその高い背を目印に抜けた。