ルージュはキスのあとで
長谷部さんが言っていることの意味がわからなかった。
首を傾げている私に、長谷部さんは深く頷く。
「そうだ」
顔をあげて真正面にいる長谷部さんの表情を窺えば、穏やかで優しかった。
そんな顔をもできるんだ、と私は驚きのあまりジッと長谷部さんを見つめてしまった。
いつもは仏頂面で、纏っている空気が冷たくて近寄りがたい人なのに……。
今の長谷部さんは、王子さまという表現がとても似合っていた。
キレイ。
男の人なのに、私よりキレイで整った顔をしているなんてズルイ。
長谷部さんがズルイのは今始まったばかりじゃない。
人に無言の圧力をかけ、有無を言わせないとばかりの横柄な態度。
冷たい視線に、無表情。
近寄りがたい雰囲気を纏っているのに、ふとした瞬間にそれがフンワリと崩れ去るところ。
どれもが長谷部さんが意図としてやっているんじゃないか、と疑いたくなるほどにズルイ。
長谷部さんに言われてたら……無理だ、と断ることができない。
出会ってから数日だけど……私は、彼からの質問や願いを断れた試しなど一度もない。
それは、たぶん。
これからもそうなってしまうような……そんな予感さえもする。
黙ったままの私に、長谷部さんは穏やかにほほ笑んだ。
その瞳が……あまりに優しくて、顔が火照っていくのが自分でもわかった。
頬が熱い。
だけど、それを長谷部さんに知られるのはイヤだ。
慌ててグラスに手を伸ばし、ジュースを飲む。