ルージュはキスのあとで
店内に流れるジャズの曲。
ジャズに詳しくない私には、今どんな曲が流れているのかわからない。
だけど、静かな店内に流れる曲は聞き心地がよい。
こんなお店で、ゆったりと紅茶でも飲みながら本を読んだら格別なことだろう。
しかし、今。
私が置かれている状況は、とてもゆったりと紅茶を飲む余裕などなければ、本を読む余裕などもない。
違うことを考えて、なんとか火照ってしまった顔を落ち着かせることに必死すぎる私には、どれも無理難題だ。
そんな私の挙動不審の態度にも表情を変えず、今だジッと私をみつめたままの長谷部さんは、ゆっくりと口を開いた。
「月日が癒してくれたんだな……」
「……そうでしょうか?」
ポツリと呟くと、長谷部さんは確信を持ったように深く頷いた。
「初恋にピリオドが打てた、そういうことじゃないか?」
「……は、初恋だなんて、どうしてわかるんですか?」
もう、目の前の長谷部さんには隠しごとは出来そうにない。
私はため息交じりで唇を尖らせて拗ねて聞けば、長谷部さんはニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「どう見ても、今のお前に色気は感じない。それに相当不器用そうだ。初恋はトラウマになりやすいしな。総合的に考えても、お前がトラウマになった相手は初恋の男だとみて、まず間違いないはずだ」
「……相変わらず酷いこと、本人目の前にしていいますよね?」
イヤミを言う私に対して、長谷部さんは痛くも痒くもないとばかりに、平然として言い切る。