ルージュはキスのあとで
「人っていうもんは、恋に浮かれているときは表情に現れ出てくる」
「……そんなもんでしょうか?」
「ああ、とくに女は顕著なものを感じるが……違うか?」
そういわれてみれば、そうかもしれない。
女子ばかりの環境にずっといた身だ。色恋で浮き足立つ同級生をいっぱい見てきた。
私は冷めた目で、彼女たちを見ていたけど、心のどこかでは羨ましかった。
だって恋している彼女たちは、みんな輝いていたから。
いつか私だって、そんな感情を抱いたことも……あった。
無言が答えとばかりに、長谷部さんは静かに言う。
「その初恋の男と久しぶりの再会をして、苦しくも痛くもなかった。それなら抜け出すのは早い」
「……」
「お前の心の準備が整ったってことだ」
「……準備?」
そうだ、と腕を組みながら長谷部さんはソファーに深く座りなおす。
「お前が女になる準備ができたってことだ。あとは俺が手助けしてやる」
「……」
「俺たちは賭けをしていた。そのこと忘れてはいないだろうな?」
「わ、忘れてなんか!」
ムキになって食ってかかろうとする私を、視線で制したあと、長谷部さんは憎たらしいぐらいの笑みを浮かべた。
「一歩、俺がリードってとこだな」
「っ!」
「お前は確実にキレイになる。俺が手助けするんだ、当たり前だ」
「……本当、長谷部さんって自信に満ち溢れていますよねぇ」
イヤミたっぷりにそういえば、長谷部さんはクスリと妖艶に笑う。
だから、その美形の顔にそういう笑みは、罪なんですってば。
私は直視できなくて、そっぽを向く。
私の反応が面白かったのか、肩で笑いながら長谷部さんは私を指差した。
「あったりまえだ。俺が自信がなければ、メイクされるほうだって自信が持てないだろう」
「……」
なんだろう。
そう語る長谷部さんが、なぜかめちゃくちゃかっこよく見えた。
今までだって、この容姿についてカッコイイと思ったことは……正直に言えば何度もある。
だけど、なんだろう。
今、めちゃくちゃ長谷部さんがカッコよく見える。
プロ意識のある男。
そんな長谷部さんを、初めて間近で見た。そんな気がした。
「大丈夫だ。お前は抜け出せる」
「……」
「過去の自分から……な」
そう言いきる長谷部さんの表情が、あまりに真面目で……私は、本気でキレイになれるような、そんな気さえしたのだった。