ルージュはキスのあとで
「待たせたな。今日はアイメイクの特訓だったな」
「……はい」
開いていた雑誌を閉じて、慌てて会議室に入ってきた長谷部さんを見上げた。
一瞬目を見開いたあと、首を傾げる長谷部さん。
いつものように感情が読めない冷淡な様子で、私の近くに歩み寄ってきた。
「どうした。今日はどこか様子がおかしいな」
「……」
「仕事で疲れたか?」
「……別に」
長谷部さんの優しい言葉に、思わず反発してしまった。
長谷部さんは何も悪くないのに。八つ当たりだ。
それも見当違いの八つ当たり。
長谷部さんが選んだ人を、私が気に入らないってことだけ。
長谷部さんに、それをぶつけるのはおかしい。
それはよくわかっているのだけど……今日の私は大人げない。
秋菜さんのことばかり悪くいえないな、と少しだけ後悔した。
「……じゃあ、始めるぞ」
「はい」
長谷部さんは少しだけ眉を顰めたが、いつもどおりメイク講座を始めるようだ。
今日は皆藤さんやカメラマンさんがいない。
と、いうことは撮影はないということだろう。
時折、こうしてふたりきりでメイク指導を受けることもあるから別段驚きはしないけど、今日の私はちょっと変だ。
だからこそ、皆藤さんたちが同席してくれていたらいいのに。そう思ったが、いつもどおりメイク落としからはじめた。
メイクの落し方も、洗顔もだいぶ慣れた。
スキンケアのやり方も全部長谷部さんが教えてくれた。
「しっかりスキンケアをしていれば、それだけでキレイになる」
とは、長谷部さんの弁。
すべてとってスッピンになる。
近頃では、しっかりメイクをするようになっていたので、やっぱりメイクオフすると違って見える。
つい少し前までは、メイクを落としてても、さほど変わり映えしなかったのに。
これはものすごい進歩だとは思う。
これには、彩乃も目を瞬かせて驚いていたし、なかなか上達してきたのかもしれない。
でもね、長谷部さんに厳しく指導されている身としては、まだまだといったところだとは思うけど……。
「……ったく、本当に今日はどうした?」
心ここにあらずの私を見て、長谷部さんは心配そうに顔を少しだけ近づけた。