ルージュはキスのあとで
「……」
それでも黙り続ける私を見て、小さく息を吐き出したあと、
「そういえば、今は何を読んでいるんだ?」
「え?」
ハッと顔を上げれば、私の顔を鏡越しにじっと見つめている長谷部さんと目が合った。
なんのことだろうと目を泳がせれば、長谷部さんは無表情で呟いた。
「小説」
「あ……ああ。幕末夢紀行シリーズの夢枕は猫と一緒に、を読んでいますよ」
「ふーん。相変わらず幕末系好きだな」
「えっと……はい」
メイク指導に入る前に、長谷部さんからの突然呼びで行った化粧品展示会。
そのときに私が読んでいた本のことがきっかけで、こうやって長谷部さんから本の話しを振られることがある。
ここで、いつもならお互い好きなシーンのことや、好きな作家のことなどを話すのだが……今の私には、ちょっと無理そうだ。
無言のままの私を見て、長谷部さんはますますキレイな顔を歪めた。
それを見たのが引き金だったように思う。
私のことなんかより、彼女のことを気にすればいいのに。
そんな感情が心に渦巻き、気が付いたら言葉が零れ落ちてしまっていた。
「どうせ私は色気もないものばかり読んでますよ」
悪態をつく私。はっきりいってかわいくない。
キレイでもなく、かわいくもない女が悪態をつくほどいただけないものはないと自負している。
だけど……今日の私は止まらなかった。
長谷部さんが心配そうな顔をして、鏡越しから私の顔をジッと見ている。
お願い。今は見ないで。
こんなに心が醜い私をみないで……お願い。
長谷部さんの真摯な視線を真正面から受け止める自信などなかった。
長谷部さんの視線から逃れるように、私は視線を手元に落とした。
「別に、そんなこと言っていないだろう?」
「……」
それでも黙ったままの私に、突然長谷部さんの影が覆いかぶさった。
手元が暗くなって驚いて顔をあげた瞬間。
「っ!」
……柔らかくて、ちょっと冷たい唇が、触れた。
私のかわいくない唇に……触れた。